「パパにぶたれた。僕は悪いことをしていない。ママは黙って見ていた」
7歳の子どもが訴えた。あなたの耳にはどのように伝わった?
7歳の児童が言った言葉は「パパに殴れた・・、ママは黙ってみていた」
子どもが自ら助けを求めることは難しい。そんな子どもの声を聞き取ろう。
「子どもの思い」を考えてみよう。
① 僕は悪いことを何もしていないのに、なぜ、パパは殴るの?
② なぜ、ママは黙って見ているの? どうして助けてくれないの?
③ ママは僕よりもパパのことが好きなんだ。僕のことは嫌いなんだ。
⑤ おばあちゃんの所へ帰りたい、おばあちゃん迎えに来て。
④ 助けて、なぜ、誰も助けてくれないの?(医師・祖母)
⑥ なぜ、僕は生まれてきたんだろう。
⑦ なぜ、僕はここに居るんだろう。
⑧ パパもママも僕のことが嫌いなんだ。
⑨ 悪いのは僕。生まれてこなきゃ良かった。
⑩ 僕は悪い子、生きる価値もない。
※子どもはどんな環境であっても親を責めることはしない。攻めるのは自分。
「母親の思い」を考えてみよう
■ 父・母、そして子どもがいれば家庭ができる。もしかして、母親は継父と結婚をし、 子どもを引き取って『楽しい家庭』を夢見ていたのかも知れない。
① 祖母に預けている「子どもを1日でも早く引き取りたい」と願っていたのかも。
② 子どもを引き取って「生活するために」結婚という道を選んだのかも。
③ 夢見た生活は『家族ごっこ』だった。(現実逃避から始まった生活)
④ 1日1日と刻まれる時間は、夢見る時間から現実へと流れた。
⑤ 母親は、継父に「子どもの父親」役を願っていたのかも。
⑥ 子どもが受けている暴力に、母親は怯えていたのかも。
暴力 ⇒「自分が暴力を振るわれる」「離婚になる」
⑦ 生活を支えるにはお金がいる。
「継父の思い」を考えてみよう
① 継父は、母親の思いに応えるように子どもと接する。
② 継父は、母親との2人の生活を望んでいたのかも知れない。
③ 継父は、夫婦という生活を飛び越えて、父親という名に戸惑う。
④ 継父は、父親という名に負けるように苛つくようになる。
⑤ 継父は、しつけをするつもりで起こした行動は『暴力』だった。
⑥ 継父は、暴力に怯える子どもを見て『しつけ』ができたと思い込む。
● 現実は、先の見えない『不安』⇒ 不安は『怒り』として表れる。
● 継父の怒りのはけ口は『弱者』⇒ “しつけ”という単語に包まれた虐待。
助けを求められた「医師の思い」を考えてみる。(第三者の視線)
■ 子どもは、自分を護る(生きる)ために、信頼を寄せた大人に「助け」を求める。
■ この児童が信頼した大人は『通い慣れた病院の医者』だった。
① 母親が子どもを病院へ連れてきた。また、3人で病院へ来るときもある。
②『父親に殴られた』『母親は黙ってみていた』は「しつけ」として受け取ったのかも。
③ 医師には、子どもの話は『親が虐待をしている』とは考えられなかったのかも。
④『僕は悪いことをしていない』と、訴えた子どもの声は打ち消された。
⑤ 子どもの訴えから10日が過ぎて、医師は虐待通告をした。(なぜ?)
・子どもが訴えた内容と度重なる通院履歴。子どもの体に刻まれた傷痕。
・子どもの話よりも親の話を信じたため、10日という日数が過ぎた。
■ 第三者は戸惑い迷う。その理由はなんだろう・・・?
■ 戸惑う大人。自分の人生を諦める子ども。
第三者に助けを求めたとき「親はどう思う?」「子どもはどう思う?」
■『助けて』の言葉を使わない子どもが、第三者の大人に助けを求める言葉は「パパにぶたれた。僕は悪いことをしていない。ママは黙って見ていた」だった。
① 子どもが発したSOSはどのように届いたか?
● 親の耳には「虐待がばれた」と届き、不安になり子どもへ怒りを増すだろう。
● 第三者の耳には「しつけかな」と届き、疑問を抱える若しくは聞き流すだろう。
※「親の耳」と「第三者の耳」に届く子どもの声にはこんなにも大きなひらきがある※
② 第三者が「しつけ? 虐待?」と悩んでいる時『家庭では何が起こっている?』
● 第三者が『虐待かも・・・』と思ったときには、虐待はかなり進行している。
● 親は、子どもが訴えた言葉に怒りを抱える。『虐待をエスカレート』させる。
「どうして、あんなことを言った。今度、言ったら承知しないぞ」などの
脅迫の言葉がプラスされ『脅迫と暴力』をエスカレートさせながら繰り返す。
● 子どもは、『絶望・生きる望みを失う』
「助けてくれる」と、大人を信じた自分と助けてくれない大人に絶望する。
※自分の人生を見捨てた子ども。【子どもの必死な訴えを聞き逃すな!!】※
● 子どもが医師に訴えた言葉は「児童への虐待をエスカレートさせる」
● 児童は学校を頻繁に休む。学校の教員が家庭訪問をしても「児童に会えない」
● 継父は「学校へ苦情」を繰り返す、など。
■上記の内容だけでも虐待が繰り返されていることが予測できる。
なぜ、防ぐことができないのか「家庭という場所」「虐待とは何か」この2つの壁が厚い。
■「しつけと虐待の区別ができない大人たち」が多くいる。
『しつけ』と、思い込んで行われる虐待がある一方で『これは虐待?』と、悩む親もいる。
しつけとは、相手から自由を奪い従わせることではない。これは紛れもなく虐待である。
しつけと虐待の区別を簡単に言えば「しつけとは指導」「虐待とは心理的恐怖」
※専門機関である「子ども家庭支援センター」「児童相談所」では、あらゆる事を想定して取り組んで欲しい。理由は、一般市民では、なかなか踏み込めないからだ。
■ 子どもが発するSOSは『たった一回』と、言っても過言ではない。
この人は信じられると思った大人に子どもは助けを求める。
大人たちはその声に、しっかり耳を傾けなければいけない。欲しい。と願う。
※ 子ども支援センター・児童相談所・学校が虐待に対しての認識のなさ・甘さが響く。
「しつけと虐待の区別ができない大人たち」の言葉に惑わされないで欲しい、願う。
